−酷夢ー
「ねぇねぇ!聞いて聞いて!」
美奈は学校から帰って部屋に戻ったとたん、喋り出した。
「ひどいのよ〜、れいちゃんったらあたしのことおバカさんだって言うの」
部屋に誰かが居るわけではない。着替えながらそれに向かって話をしている。
「ちょっと間違っちゃっただけなのにー」
そこにはたくさんの人形が並んでいた。
いや、大勢の人形たちがいた。
美奈は中学1年生。
くるくると大きな瞳、ちいさな口、豊かな髪。
その豊かな髪は片側に集めて、黄色いリボンで括っている。
とても可愛らしく、クラスでも美奈に気のある男子が多い。(本人は気づいていないが)
彼女は以前事故に遭って、しばらく入院していた。
そのときに同じく入院していた子供たちと仲良くなり、
人形をもらったのだ。
それ以来、美奈は人形が大好きで、つい人形と話をしてしまう癖がついてしまった。
部屋の中は人形が大勢いる。大きなものでは美奈と同じくらいではないかと思うくらい大きいものもいる。
人形?と言えるかはわからないが、大きな人参の形をしたものもいる。
うさぎもいる。しかもこのうさぎは喋る。といっても決まったセリフを喋るだけだが。
(ちなみに声は○野うさぎと同じ…というのは公然の秘密である。)
UFOきゃっちのぬいぐるみもいる。今はテレビで再放送している美少女戦記Sヴィーナスのぬいぐるみだ。
最近になって美奈はこのアニメが好きになったらしい。
制服から私服に着替え終わったところで、
「じゃ、あたしは晩御飯の支度があるから台所に居るね」
と人形に言い置いて部屋を出て行った。
美奈の父親は事故に遭ったときに、美奈を庇って亡くなっている。
そのために母親が早朝から夜遅くまで働いている。
人形と話す癖が直らないのはその辺もあるのではないだろうか?
また、自分で料理が作れるようになった。
これで掃除ができれば、いいお嫁さんになれるのだが…
晩御飯を食べ終わったのか、美奈が部屋に戻ってきた。
「あー、かっこよかったなぁー。
あたしもクレセントレーザー使えたらなぁ…」
いきなり物騒なことを口走った。
どうやらテレビを見ていたらしい。
ちなみにクレセントレーザーというのはそのテレビアニメで出てくる主人公の必殺技である。
必ず近隣に被害を及ぼすので、正義のヒロインは肩身が狭い。
「あたしもあんな必殺技が使えたら、あのとき…」
美奈は入院していたときの夢を思い出した。
魔女の夢を覗いてしまったために、大好きな人や、人形たちを傷つけてしまうことになったのだ。
夢の騎士たちのおかげで歩けるようになり、退院できた美奈は、
それからは強くなろうとがんばってきたつもりだった。
勉強もがんばって遅れていた分を取り戻した。
中学になってからは弓道部に入って心身ともに強くなろうとしていた。
母親がいなくても自分で家事をこなし、母親に負担をかけないように気を配っていた。
だが、ときどき、ふと弱い自分がでてきてしまう。
強くなろうとしてもそう簡単にはいかないようだ。
なにかのタガが外れたように美奈は寂しさと悲しさに襲われた。
「えへ、どうしたんだろ?なんか…ヘンだよね。こういうの。」
美奈はおおきなぬいぐるみを抱いて、理由もわからずに泣いた。
「あら、美奈ちゃん!」
「え?」
気づいたら目の前に女の子がいた。
美奈に負けないくらい大きな瞳、緑の長い髪の美少女。
小さな子猫と子犬を連れている。
「麗夢さん!」
「あはっ、また会ったわね。元気そうでなによりだわ」
いつのまにか眠ってしまったのか、麗夢の夢に入り込んでしまったようだ。
美奈は他人の夢に入る能力がある。
入院中に想像、空想を繰り返していたら他人の夢が見れるようになったらしい。
「あら?美奈ちゃん?」
ふと、麗夢が美奈の目が赤く充血しているのに気づく。
「何かあったの?美奈ちゃん?」
「え?ううん、なんでもないの」
「そう?あたしには何でも隠さずに相談してねっ」
「ええ、ありがとう。麗夢さん」
お互い微笑みあう。
なぜか悲しい気持ちに襲われ、そのためか、つい麗夢の夢に入り込んでしまったようだ。
翌朝、美奈は目を覚まさなかった。