酷夢 −コクムー

−酷夢ー

ぽたぽたっ・・・ぽたっ・・・ぽたたたっ・・・

流れ出る音色が響いた。

美奈の肩にはすでに腕がついておらず、骨が覗くほどの、大きな傷痕が残っているだけであった。
その傷痕から、血が流れ落ちている。

ぴちょんぴちょん・・・ぴちょぴちょ

とろとろと血が流れ落ちている。
光を反射して綺麗な、赤い色をした血液。

すでに体の4分の1くらいは流れ出ているだろう。
通常であれば、このままでは出血多量で死に至ってしまう。
ここが夢の中だから、美奈は死ぬこともなく、痛みを感じ続けることが出来る。

流れ出る血は、観賞する者への演出になる。
美しく、薫り高く、心地よい、血の芸術。
見る者によっては快感を覚えるほどの芸術、
または吐き気を催すほどの嫌悪・絶望・憤怒。

その血が美しいと思えば思うほど、

麗夢は傷つく。

親しいものが傷つく悲しさ。
何も出来ない自分への腹立たしさ。
美奈の痛みを思うととても耐えられるものではなかった。



「やめてやめてやめてーーーーーー!!」

麗夢の悲痛な叫び声が響く。

夢魔によって顔もそらせず、目も閉じられない。
だが、その瞳は涙に濡れていた。

「もう、美奈ちゃんを放してあげて・・・」

よわよわしい声で懇願する。

その言葉を聞いて、夢魔は喜びと安堵の表情を浮かべた。

「そうか、そろそろ主を解き放つ気になったか」

思いが叶う喜びと、玩具をとりあげられるようなつまらなさを夢魔は感じている。
美奈を傷つけ、腕まで切り落としたのは、麗夢を責め立てるためだったため、
美奈を放さなければいけないのは、夢魔にとっては少し残念なことだった。

だが玩具を返してもらった喜びよりも、怒りの気持ちが勝った。
人間を苦しめる喜びよりも主と見えられる期待のほうが強いためだった。

麗夢が言ったその一言で、夢魔は激怒した。

「ほんとうに、わからないのよ・・・」













ぐさっ

うぃーん

ぐちょぐちゃぐちょぐちゃぐちょぐちゃぐちょぐちゃぐちょぐちゃぐちょぐちゃ

「あああああああああああああああ!!!」


「やぁー!やめてー!」

「嘘をつくなあああああ!」

夢魔が無造作に美奈の体に刺した。
それは機械的な音をだして美奈の体を抉った(えぐった)。

先が鋭利にとんがっており、横から見たら細長い三角形になっている。
おそらく正面から見れば円状になっているだろう。円錐である。
表面はとげのようなものが無数についている。
大きさはそんなに大きくない。人のこぶし大ほどだ。

ドリル。

電動の錐(きり)である。
人間なら工事などで鉄材や木材にネジ穴などを開けるときに使う。
硬い鉄でも容易に穴が開けられる。

人の体なら、なお容易いだろう。

うぃーん

ぐちょぐちゃぐちょぐちゃぐちょぐちゃぐちょぐちゃぐちょぐちゃぐちょぐちゃ

夢魔が想像して、その力で夢を操り具現した。
夢魔はそのドリルで美奈のわき腹を刺したのだ。

ドリルは無慈悲に、機械的に、美奈の体の肉を削ぎとっていった。
そのまま突き進めば、貫いてしまえるだろうが、夢魔はドリルが体に埋まったとこで止めた。
だがドリルの回転は止まっておらず、周りの肉をすこしずつ削っている。

そのため、美奈は無理矢理に意識を戻され、悲鳴をあげた。
そして美奈の悲鳴は止まらない。

「うあああああああああああああああ!!!」

さきほどの腕の痛みは、その一瞬に強烈な痛みが来た。
だが今度は、強烈な痛みが継続して、ずっと続いているのだ。

「あああっ!あああああああ!ああああっっ!うああああああ!」

息が苦しいが叫ばずにはいられない。
助けを呼ぶ余裕もない。
痛みに体をよじれば、ドリルが違う個所の肉を削る。

「ああああああっ!」

そのため必死に動かないようにしなければいけない。
だが痛みは消えない。

「ああっ!あああああっ!あああああっ!」

ぎゅっと目を塞ぎ、顔をひきつらせ、大きく口を開けて、美奈は叫ぶことしかできなかった。

イタイ!イタイ!イタイ!イタイ!イタイ!イタイ!イタイ!








「やめてーーー!」

またも麗夢の悲痛な叫びが響く。

「ほんとうよ!本当に私は夢に閉じ込めてないし!あなたの主の居場所も知らないのよ!」

麗夢が必死に訴えるが、夢魔はその顔を怒りに歪ませて麗夢を睨んでいる。
そして夢魔はまだドリルを刺したままのため、美奈は痛みに叫び声をあげている。

「美奈ちゃんを放してっ!きっとあなたは何か勘違いをしてるのよ!」

カッ

「ふざけるなああああ!!」

夢魔がさらに目を見開き、その怒った表情をさらに憤怒の表情に変える。
口が裂け、牙が延びてするどく光る。

夢魔は激怒し、怒声をあげると同時に美奈に刺したドリルを、ぐりぐりと、かき回した。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 !!!!!!!!!!」


美奈はさらに大きな声で絶叫した。

ぐちゃぐちゃぐちゃ、ごぼ、ぐぶぐふ、にちゃにちゃにちゃ、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ

肉がかきまわされる音がしている。
人間の体など柔らかいゼリーのように。
美奈のわき腹は真っ赤に染まり、おおきな傷口が開いた。

「いやーーー!美奈ちゃーーーーーーん!」

麗夢はもうどうしたらいいのかわからなかった。

「やめてー!ほんとうよ!ほんとなのよー!」

ひたすら夢魔に懇願するしかなかった。

「だまれ!そんなはずはないっ!
 その力!、夢を見ないことがなによりの証ではないかー!」

夢魔は激怒しながら叫ぶ。
すでに美奈を痛めつけて弄ぶ(もてあそぶ)ことも考えてない。
だが怒りをぶつけるために意識せず美奈を傷つけていた。

美奈は気絶することもできず、ひたすら叫ぶしかなかった。
だが傷口が開くたび、深くなるたび、叫ぶこともできなくなっていった。

「かっ・・・はっ・・・!!・・・」

息が苦しくなってきた。
横隔膜が動きにくくなったのだ。
肺が伸縮しなくなり、声を出すための空気も出せなくなる。
目を見開き口を大きく開け、叫ばずにはいられない苦痛のはずだが、
口を開いたまま声は出ていなかった。

「・・・え?・・・美奈ちゃん?・・」

麗夢の顔がいっそう青ざめる。
だがすぐに呼吸困難に陥っていることに気づいた。
ますます危険になってきたのだ。

こんな強烈なイメージであれば、美奈は絶えられない。
もし耐えられなければ、現実にも影響が出る。
脳が呼吸不可能を認識し、逆に肺と横隔膜の運動を止めてしまいかねない。
美奈が気を失い、脳が死を認識したとき、脳が活動を停止する。




それは死を意味する。




このままでは、美奈は確実に死ぬのだ。




「やめてっ!おねがいっ!美奈ちゃんが死んじゃう!」

麗夢は必死に、涙を流しながら懇願した。
麗夢にはなにもできない。何度も何度も脱出を試みたができなかった。
この夢魔はメフィスト・フェレスと同等の力をもっているのか。



「ん?」

夢魔が違和感を感じたのはそのときだった。

体になにかがまとわりついたような、動きづらい感覚。

夢魔はドリルを消しさり、この夢に誰が干渉しようとしているか探った。

「え?なに?」

夢魔の変化に麗夢は疑問に思った。麗夢にはそれに気づく余裕がなかった。

だがその声が聞こえた瞬間、麗夢は安堵と喜びに顔を笑顔に変えた。



「麗夢殿!だいじょうぶか!」



夢の外、現実世界から救援の声が響いた。

「円光さん!」

麗夢が嬉しさに満ちた声で答える。


「外からか。
 だがこれしきの力でわたしを止められると思っているのか?」

夢魔はかっと目を見開き気合いを入れたかと思うと、夢魔の動きを止めようとしていた力は簡単に消えてしまった。

「何者かは知らぬが、おとなしく指をくわえて傍観しているがいい!」


いきなりばたばたと不規則に体を動かし始めたかと思うと、
手足をだらんと下げ、ぴくぴくと痙攣するだけになってしまった。

「さ、いい声で鳴きな」

夢魔がそういったとたん、



無数の口が美奈の体のいたるところから、それを食い破って出てきた。



「きゃあああああああああああ!!!」



美奈の絶叫が響く


夢魔の力で美奈の感情が声として響き渡る。

まるで蛇のような、先端がするどい牙をもった口。
それが美奈の体内を食い荒らし、体をばたばたと動かしていたのだ。

もう、美奈は自分で動くことはできなくなってしまった。
手足には力は入らず、ぶらぶらと揺れているだけ。
首の力も抜けてだらんとぶら下がっているだけ。

だが夢魔の力で意識は残っている。
無数の口が体をゆっくりと食べていく、その痛みを味わわせるために。

ぐちゃ、ばり、ぼき、くちゃ、ばきばき、ぐちゃぐちゃ、べきごき

美奈の体中からいろんな音が響く。内臓を喰い、骨を砕く音。

そして美奈の美しい悲鳴が、動かない口と咽(のど)からではなく、この夢の中に直接響く。

「ああああああああ!!
 たすけてったすけてええええ!!
 いたい!いたいよーーーーー!!」


美奈の気持ちがそのまま声になって響く。
そのことはただ悲鳴を聞かせるよりも、より麗夢にダメージを与える。
だが麗夢はもう泣き叫ぶことしかできなかった。

この惨劇を止められる者は、もう誰もいない。