−救夢1ー
歌。言葉に旋律やリズムをつけて、声に出すもの。また、その言葉。
呪文。一定の呪術的行為のもとにそれを唱えると神秘的な力が現れるという言葉・文句。
言葉。感情や思想が、音声または文字によって表現されたもの。意味。理性。ロゴス。
ロゴス。
(1)言葉。意味。論理。
(2)言葉を通して表された理性的活動。言語・思想・理論など。
(3)宇宙万物の変化流転する間に存在する調和・秩序の根本原理としての理法。
(4)キリスト教で、神の言葉。また、それが形をとって現れた三位一体の第二位格であるキリスト。ロゴス-キリスト。
〜〜♪
〜〜〜〜♪〜〜〜♪
♪〜〜♪〜〜〜〜〜♪
ほぅと安心するような気持ちになる。
なぜだろう?
何かが聞こえている。
綺麗な旋律。
美しく響く音と音の協和。
どこからともなく、歌が聴こえてきた。
とても美しく、心が動かされるほどに。
こんなときでなければ、きっと涙があふれてとまらなかっただろう。
その場にいた全員が心を奪われた。
胸の奥が熱い。
するっ
麗夢の体ががくっと崩れた。麗夢を停止していた力が弱くなったのだ。
すぐさま、自分の体が自由になったことを察した麗夢は、夢の戦士の姿になり、夢魔へ突進していた。
「円光さんは美奈ちゃんをお願い!」
夢魔へ剣を振り下ろす。
「心得た!」
円光は法力で、美奈をこの夢から逃がそうとした。
「なっ?!」
弱体化された夢魔は驚きを隠せなかったが、麗夢が剣を構えて向かってきたときにはもう平静を取り戻していた。
「ふん。なんだか知らないが、動けるようになったくらいでわたしに勝てるとお思いでないよっ!」
剣を振り下ろした場所から夢魔は消えていた。
「くっ」
あっさり避けられて麗夢は悔しがる。
動けるようになった瞬間と、夢魔が驚いた瞬間、絶妙のタイミングだったはず。
これでも避けられるのならばよっぽどの速さがないと捕らえられない。
「この夢魔、強い!」
麗夢は剣を構えてはいたが、明らかに攻めあぐねていた。
歌
通常の呪文は、ある意味を持つ文章を、術者本人が意識を集中させ、詠唱することによって、
文章に篭められた法則を発現させるものである。
歌はそれをさらに高めた、全ての術式の最高位に位置するものである。
歌詞はその文章自体が呪文としての意味を持ち、さらに旋律までもが意味を持つ。
音程の一つ一つが術式を組み上げる鍵になりえるので、一音も外せない。
そのため歌を術として扱えるものは非常に少ない。
また、術者本人の集中力による力以外に、歌を聴いた者全ての力を術にのせることができる。
歌に感動した者はそのとき、歌に集中してしまう。
より大勢の心を惹きつけることができれば、それだけ強い力を生む。
人間に限らず、人間以上の存在の力の恩恵を受けることも可能になる。
この夢の世界に響き渡る歌声は、麗夢たちのみならず、夢魔までも、この夢の世界までも、
歌にその力を与えていた。
「麗夢さん、大丈夫?」
歌声の主か。可憐な声が響く。
「え?あなたは!」
麗夢は思いもかけない助っ人にとまどいを隠せなかった。
「singen sie!」
麗夢はいきなり暗闇に捕らわれた。
「え?!」
「タイヘンですけど歌うのはやめるのはダメーでーす」
違う。いきなり目の前に黒いマントをまとった男が現れたからだった。
「なんだ!おまえはっ!」
キラッ
夢魔が光る何かを投げた。
「チェックメイト!」
反射的に麗夢たちは身を翻す。
「はっ!」
光は麗夢たちのすぐ傍を通り過ぎていった。
「ピン?」
早くてよく見えなかったが、麗夢には押しピンのように見えた。
ただの押しピンならどうということはないのだろうが、常人の目では捉えられない速度で、
しかも夢魔が投げたのなら、ささったらただではすまなかっただろう。
バサッ
黒いマントが翻る。
すると、そのマントから無数のコウモリが現れ、夢魔へ襲い掛かった。
「麗夢さん、ワタシのコウモリたちでも少ししか時間が稼げません!」
「えぇ!美奈ちゃんを連れて、一旦退いたほうが良さそうね」
麗夢がうなづく。
だが時間稼ぎもできなかった。
無数の光線が飛び交う。
コウモリがバタバタと落ちる。
落ちたコウモリはみんなあの光るピンが刺さっていた。
コウモリは消え、ピンはナイトのチェスメン(駒)に変わる。
「ワタシのコウモリたちにナニをする!」
どこかで見たやりとりに麗夢が一瞬あっけにとられた。その隙に−、
「ふざけるのはここまでよ!」
夢魔が光ったかと思った途端、お気楽吸血鬼は後方に吹っ飛ばされた。
「がぁっ!」
「きゃぁっ!」
その後ろにいた麗夢も巻き込まれて吹っ飛ばされてしまった。
その一瞬でかなり夢魔との距離が開いた。
「今だ、麗夢さん。ワタシたちであなたの力を強くします。」
「え?」
吸血鬼のグレー(灰色)の瞳が金色に変わる。
とたん、周りの空間まで異世界に変わったような違和感を麗夢は感じた。
それは麗夢の力が増幅されたものではなく、麗夢と美奈の位置が入れ替わったものだった。
次の瞬間、麗夢が見たのは、
少し離れた場所で倒れようとする黒いマントと、
みるみる復元してく美奈の体だった。