−説夢ー

ピンポーン
玄関の呼び出し音が鳴った。

「む、鬼堂殿。あの方々が来られたようだ。
　続きは皆で。」

その到来した客がわかっているかのように、円光は待ち続けたような感じで玄関へ向かう。

「そのようですね。わかりました。
　その方にも詳しいお話を聞きたいところでしたしね。」

鬼堂も続けて玄関へ向かう。
発見した夢守の資料はすばやく束ねてまとめ、脇に持っている。

「お待たせいたした。今開け申す」

がちゃ

すっ
　　すっ

円光がドアを開けた途端、二つの小さな影が部屋に侵入してきた。

「おっと」

鬼堂がおどろいてよろめく。

小さな犬と猫が鬼堂の足元を通り過ぎていった。
円光と鬼堂の後ろから元気に笑いかける。

「アルファ、ベータ、ご苦労だった。」

円光に言われた途端、ベータはあお向けになって疲れた身振りをした。

「あはは」

周囲の人たちもベータが明るく振舞おうとしていることを察したのか、穏やかな笑みを浮かべる。
アルファとベータはこの来客を麗夢のアパートへ案内してきたのだ。

「遅くなってすいません。ただいま着きました。」
「おじゃましまぁす」

来客の一人はブレザー姿に学生かばんの少女。かばんを両手で前に持ち、丁寧に頭を下げ、礼をした。
もう一人は黒いスーツ姿の青年。金髪で目が青い。挨拶に片手を挙げて笑顔をみせている。

「ささ、中へ入られよ。」

円光に促され、二人は麗夢のアパートに入った。




「なにか手がかりになりそうなものは見つかりました？」

少女は少し落ち着きのない様子で心配している。

「ええ、麗夢さんの持ってる資料の中からはこういった資料がでてきました。」

鬼堂はその資料をテーブルに置き、指差す。

４人はそのテーブルを囲み、椅子に腰掛けている。
アルファとベータもテーブル横のソファにちょこんと座っている。

「これにはなんて書かれてたんですか？」

少女が問う。

「簡単に要点だけ言えば、
　これには夢魔を夢の中に封じ込める術とそれに関わる人たちのことを書いた日記のようなものです。
　どうやら夢守の民が書き残したものを翻訳したものらしい。」

鬼堂が簡単に説明する。

「また拙僧たちも全てを読んだわけではないのです。
　見つけたのはつい、先ほどでして」

円光も補足する。

「それで、お二人もお見えになったことですし、もう一度最初から読んでみようかと思いましてね。」

と鬼堂が言う。

「そうだったんですか。でも・・・
　夢魔って夢のなかにいるから夢魔なんじゃないんですか？夢に封じ込めるというのは・・・」

少女の疑問はもっともである。
さっき鬼堂が同じようなことで疑問を投げつけていた。

「ええ、そのあたりがまだよくわかっていないんですよ。」

鬼堂がばつの悪そうな顔で言う。


「麗夢さん・・・大丈夫でしょうか」

少女が心配そうに、うつむいてつぶやく

「麗夢殿は夢の中では無敵です。ご安堵召されよ。」

円光が少女を励ますように強く言う。
しかし円光自身も不安がまったくないわけではなかった。
自分でも安心したいという気持ちがあったのだろう。

「大丈夫ですよ。麗夢さんはあんなに強かったじゃないですか。
　わたしなんて手も足も出せなかったんですから。」

青年が苦笑いをしながら少女を励ます。
少女は少し安心したのか、青年に微笑みを返す。


そこに鬼堂が疑問を投げつけた。

「そういえば、お二人はどうやって麗夢さんとお知り合いに？
　麗夢さんに悪夢から救ってもらったというわけでもなさそうですが」

鬼堂は二人を見つめて尋ねる。
円光もその疑問には興味があるらしく、二人をみつめる。

「あっ、あれはあたしがたんに勘違いしただけだったんですけど・・・」

少女は真っ赤になってうつむく。
なにかいいにくそうだ。

「彼女がわたしの夢の中に入ってきてくれたのです。
　おかげでわたしは楽しい時間を過ごせるようになりました。ずっと夢の中でひとりきりだったもので。
　ちょっとした誤解から、アルファとベータにいじわるされてしまいましたけどね。」

あははっと青年が笑顔で答える。

「誤解とは？」

鬼堂が深く追求しようとする。

「あぁー、わたしが彼女に悪夢を見せているんだと思ったのでしょう。
　あとから来た麗夢さんにまでいっぱい叩かれましたよ」

青年が苦笑いをする。

アルファとベータが何か言っている。前足を上げて身振り手振りで伝えようとしているように見える。
だがそんなことはしなくとも、二匹のテレパシーはみんなにちゃんと伝わっているのだが。

「うむ、確かに。あなたからは異様なほどの妖気を、先ほどから感じております。
　アルファとベータもそれでつい勘違いをしたのでしょう。」

円光が二匹の言葉に相槌をうつ。
二匹は青年の妖気のことを伝えたようだ。

「あのときはほんとうに参りました。でも・・・


　そのおかげでこうして現実の体をもらって彼女と暮らせてるので、アルファとベータ、麗夢さんには感謝してもしたりませんよ。」


青年が嬉しそうに言う。
少女も微笑む。

だが鬼堂と円光は驚いていた。

「え？」
「なんと？いまなんともうされた？」

鬼堂はもういちど確認しようと尋ねた。

「現実の体？
　ということは、君はそれまで夢の中にしか存在していなかったんですか？」

鬼堂の疑問は青年の存在についてだった。
麗夢に現実の体をもらった。
この台詞が鬼堂や円光にはひっかかった。

「はーい、ずっと闇の中でした。麗夢さんの力を借りてベッドに・・・ジタイカしたのです。」

青年が使い慣れない言葉を無理に使おうとしながら答えた。

「実体化か？まさか麗夢さんでも精神だけの存在を実体化させることができるとは思えないが・・・」

鬼堂は額に冷や汗を浮かべながら、視線を落として考え込んだ。

「うむ、いくら麗夢殿でも、無から有を生み出すほど強大な力を秘めているとは」

円光も頭を悩ませている。


そこで円光と鬼堂は夢守の手記に書かれていたことを思い出した。


−−麗夢の夢の中に強大な力をもった夢魔が封印されているのではないか？


−−麗夢はその夢魔の力をひきだして利用しているのではないか？


円光も鬼堂も、はっと何かに閃いたような表情のあと、うつむき加減でじっと考え込んでしまった。


「え？え？どうしたんですか？おふたりとも」

少女はおろおろして尋ねる。

「なにか悪いものでもたべちゃいましたかー？」

青年はからかっているのかマジボケなのかわからない


この二人の言葉で現実に戻り、円光と鬼堂は顔を上げた。

「あいや、めんぼくない」
「あぁ、すいません、ちょっと情報の整理を・・」

鬼堂が説明する。

「この資料には、夢の中に封じ込めた夢魔の力を利用するといったことが書かれていたんですよ。
　ですから、もしかしたら、麗夢さんも・・・と・・・」

だがその言葉は最後のほうがやや言葉に詰まった感じになった。
なにかがひっかかる。
それは円光も感じていた。

「鬼堂殿、なにか思い当たるフシはありませぬか？」

円光はなにか手がかりはないか、とっかかりにあるものはないかと鬼堂に意見を求めた。


「あります。南麻布女子学園でのことです。」


鬼堂は妖艶な麗夢の姿を思いだした。

その鬼堂の変化した部分が視界に入り少女は真っ赤になってうつむいてしまった。

とたん、円光と青年が軽蔑のまなざしを向けた。

「あ、いや、違うんです」

鬼堂は慌てて両手を振った。


シリアスな話は途端に終わってしまった。